
2/19金曜日。自分の記念日なので毎年休みと決めている。さて休みをどうするか。東京に来ての目標2つ目を実行することにした。
ここは埼玉県越谷市の大袋駅。都会の田舎という感じで落ち着くところだ。

てくてくと歩いて下間久里方面に進むと見えてきた。正面に見える上に飛び出ている物は屋上への出入り口だ。人の家なのになぜかよく知っている。
方舟という名の仕事場。5角形の不思議な形。この建物のそっくりさんが日本のあちこちにあるそうだ。関係者の間ではここを聖地と呼んでいるらしい。

さて伺おう。おっと扉が閉まっており、門には呼び鈴も無い。困った。意を決して玄関の前の呼び鈴を押した。 幸い奥様は突然の訪問を快く受け入れてくれた(ハズ)。
オーディオという言葉がだんだん死語になってきているが、オーディオ・ビジュアル評論家の大御所である長岡鉄男さんが亡くなってもう10年が経とうとしている。高校生の時からファンであったので、生きている間にお会いできず、こうして仏壇の前での面会となった。母屋では奥様が元気で過ごされており、経過や思い出話を語ってくれた。本で読んだとおり、内助の功という言葉にふさわしい方であった。奥様は見ず知らずの人がいろいろ個人的なことまで知っていることを不思議に思ったかもしれない。それくらい故長岡鉄男さんのことは活字となって目にしていたわけだ。
奥様には、ありがたいことに方舟の中を見せていただいた。実はここが見たかった。言ってはいないが、顔に出ていたのかもしれない。
方舟の船長がいなくなって、雑誌社にここをお任せしたため最近は扉を開けることも無くなってきたそうだ。なお写真の許可は快くいただいている。ただ記念に私と一緒に写真を取らせてもらいたかったがムリだった。すみませんでした。
玄関から入り、部屋に入ったところ。何度と無く見慣れた本そのままの光景だ。120インチのスクリーンやネッシーⅢもそのままある。照明のボール電球も、むき出しの鉄骨も本で見た通りだ。5角形の部屋は残響が少しあるが、自然でいやな響きはない。これも読んだ通りだ。しかし本で見たのと少し違う部分がある。
スクリーンを向いて右側にはラックが山積みで、たくさんのCDやLDがあり、その上に観音様が居たはずなのだが、それが無い。スーパースワンが寂しく残されていた。理由を聞く前から奥様が語ってくれた。ご主人様が亡くなられてから、一時期気が動転してしまい必要不可欠な物以外を整理してしまったそうなのだ。
電源の取り方も、ホスピタルグレードのプラグが重いケーブルの影響で抜けないようにひもで吊る方法を本で説明していたが、そのままだ。レコードやCD、入り口側のDVDはまだ残っている。おそらく優秀録音盤を残してあるのだろう。
最後のメインスピーカー、ネッシーⅢ。仕上がりも綺麗だ。共鳴管という従来ありえない方式を採用し、生き生きとした再生音を可能にしたというこの音を聞きたかったのだが、今はムリだ。コーン紙はエッジのノリの影響か、ありがちなシミができていた。経年変化はしょうがないが、10年以上この状態を保てていることに驚いた。
トゥイーターの位置あわせは入念に行っていたはずだ。この光景も本で見たままだ。ネッシーⅢのボディに使われているフィンランドバーチの合板はいかにも硬そうで、また表面はきれいにニスで仕上げてあるので自作スピーカーの領域を超えている。
これらのメイン機材も当時そのままだ。音を良くするという鉛のインゴットも、電源コンセントの鉛のウェイトも、本で見たそのままだ。プロジェクタ上にはメガネ、ルーペ、リモコンがそのまま置いてある。
これぞ長岡流の象徴ともいうべき、スペクトラムアナライザ。あれこれ言葉で表現するよりも周波数特性でズバリ見せるやり方はほかに無く、多数の人が大いに参考になったはずだ。氏の「特性が良くても音が悪い物はあるかもしれないが、特性が悪い物に音がよい物はありえない」、とは名言であろう。
入り口付近のDVDとCDラック。亡くなられた2000年頃は、LDからDVDに変わりつつあったころだったはず。今の地デジやブルーレイを見たらどう思っただろう。ブルーレイは誉めるかもしれないが、地デジの画質はみそくそかもしれない。その前に薄型テレビをどう評価しただろうか。記事はもう見られないのが残念だ。
椅子が少ないのは、人を多く入れると音が悪くなるからとのこと。そういえば一度入院してから復帰した後、帰らぬ人となってしまった理由として、体力が下がっている時に外部の人からインフルエンザ菌をもらった可能性もあるようだ。それくらいこの部屋は外部から遮断されている。湿度も低く、ほこりも積もっていないところが恐ろしい。
2階の書斎も見たかったが、部屋が寒く、これ以上奥様に負担をかけてはいけないので、諦めた。
こうして長年の思いであった、故長岡鉄男さん宅訪問が叶った日であった。音は聞けなかったが、また機会もあるであろう。何よりも奥様には突然の訪問者を快く受け入れてくださり、お話も聞けたことは感謝の気持ちでいっぱいだ。今後も末永くお元気で、そしてまだ全国に多数いる長岡ファンのためにも方舟を守っていただきたい。
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